教養の定義とは


 

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イチロー教授のコメント

教養の定義とは、『ハイコンテクストなものをローコンテクストに翻訳する能力』のこと―と クーリエ・ジャポンのブログに以下のようなおもしろい記載があった。


とても「教養溢れる」定義だと思う。

 

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対象記事 [クーリエ・ジャポンのブログ]

 

日本史研究者の與那覇潤さんは、教養とは単なる知識や語学力ではなく「ハイコンテクストなものをローコンテクストに翻訳する能力」だと説明します。

ちょっと耳慣れない言葉だと思いますので、説明しますと、文化人類学には「ハイコンテクスト/ローコンテクスト」という社会の二分法があります。ハイコンテクストな社会とは、多くの人がコンテクスト(文脈)を共有している社会、つまり文化的な慣習や価値観を共有している社会です。一方、ローコンテクストな社会はさまざまな文化的背景をもった人たちが集まっている社会です。単純化していうと、日本人同士で価値観の共有ができているので、「あうん」の呼吸や「空気を読むこと」が重要視される社会がハイコンテクストだとすると、グローバルな環境でどんな文化的背景があるかわからない人が集まっている社会がローコンテクストです。

単に知識の量が多いとか、英語がしゃべれるという“スキル”だけでは、グローバルな環境で存在感を保つことはできません。大切なのは、例えば、日本文化のことをなんにも知らない外国人に「茶の湯」がどれほどすごい文化なのか「翻訳」したり、世界史に結びつけながら日本史の面白さを説明したりする能力(=教養)なのです。

http://courrier.jp/blog/?p=14517

 

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